ブーたん闘病日記
工房の看板猫・ブーが、猫白血病ウイルスに冒されてしまいました。
毎日必死に生きています・・・。

登場人物
ブー 看板猫2号。2002年4月10日ごろ生まれ。チャトラのオス猫。
生後2週間で我が家にやってきた元捨て猫。頭が良くて芸達者。特技はお手,
投げた物を取ってくる事。好物は土佐の焼きカツオ。お気に入りはネズミのおもちゃ。
人見知りでちょっと怖がり。猫白血病ウイルスに感染し、現在闘病中。
  ハチ
元祖看板猫1号。2001年4月7日生まれ。白黒のオス。人見知りが全くない。
血はつながってないが、ブーにとって兄貴分の猫。特技はお手。
好物は鮭のとば。お気に入りのおもちゃは靴の中敷(ムートンタイプ)
  ホシ
看板猫3号。2002年4月10日ごろ生まれ。チャトラのオス猫。ブーの弟。
甘えん坊で食いしん坊でデブ。ドジ。特技はお手。おしゃぶりをやめられないのが悩み。
好物は食べ物全般。お気に入りのおもちゃはパーカーのヒモ。
啓太君 ヒトのオス。
ヒトのメス。
工藤先生 ヒト、オス。推定50歳。ブーのかかりつけの獣医さん。少しマニアックなやさしい先生。
工藤ちゃんと陰でよんでいるが、今回の件で大変お世話になっている。


6月24日(火)雨

 午前3時半、ブーは突然吐いて苦しみだした。もがいたのはほんの一瞬だったけど、恐ろしく長い時間のような気がした。その時、啓太君はパソコンでブーの写真の整理をしていて、私は新しい首輪の研究、ハチはブーの側に座っていて、ホシは暴れていたのでおしおきで隣の部屋に閉じ込められていた。なんとなく今夜は夜更かしして起きていたので、ブーの異変に気付く事ができた。あわてて、カゴにブーを入れて、1階の酸素テントのところまで運び、ペットボトルで作った酸素マスクをつけた。ハチもホシも寄ってきて、ブーの様子をじっと見ていた。すぐにブーは落ち着きを取り戻し、「ブー」と名前を呼ぶといつものようにシッポをパタパタさせた。試しに「ご飯?」「おやつ?」「ネズミ?」・・・と、知ってる言葉を羅列してみた。やっぱりいつものようにシッポを振って答えてくれたので一安心。しばらく見守る事にした。
 あっという間に夜が明けて、ブーも落ち着いているので少し寝る事にした。寝る前に何か食べたいと言って、啓太君がコンビ二に行った。コンビ二から戻ってすぐ、カップラーメンを食べようとヤカンに水を入れてコンロにかけた。ヤカンがフツフツいいだして、そろそろ沸くかなぁと思っている時、またブーが吐いて苦しみ出した。さっきよりは苦しみは弱いけど、床に転がったまま「う〜」とうなるように鳴いて、シッポがフサフサになった。そして、ブーの目から大粒の涙がポロンとこぼれた。私も啓太君もどうしていいのかわからず、あたふたしているうちに突然呼吸がピタッと止まってブーは静かになってしまった。苦しみ出してからほんの数十秒の出来事だったと思う。午前6時30分。お湯はまだ沸いていなかった。ブーは、あまりにも突然に、あまりにもあっという間に天国へと旅立ってしまった。
 本当にこの1ヶ月間、ブーはよく頑張った。ブーがウチにきてから1年と2ヶ月、本当に楽しい毎日にしてくれて、本当にいい仲間だった。ブーの病気を知った時は悲しくてかわいそうでたまらなかったけど、やっと苦しみから解放されてブーのためにはよかったと思う。サンキュー&お疲れ、ブー!
 今日は一日、家でゆっくり過ごす事にした。ホシは動かなくなったブーの足や顔をずっとなめていたけど、そのうちブーの側で眠ってしまった。ハチもブーの様子が変だなぁと思ってるのか、時々覗き込んだりしている。猫でもやっぱり仲間の異変がわかるのかなぁ。啓太君は、近所にあるペット葬祭場に連絡を取り、今日最終の火葬を予約した。ブーを運ぶために、箱の用意をしようとリビングのクローゼットをガサガサしていたら、ブーのために買っておいた新品のネズミのオモチャが1ダースも出てきた。ブーはネズミのオモチャをすぐ家具の隙間に入れて失くしてしまうのでスペア用だった。実は随分前に買って、どこにしまったのかすっかり忘れていた。ブーはこのクローゼットにかなり執着して、開けた時は必ず中に入りたがっていた。きっと、ネズミをしまったところを見たのか、臭いとかでネズミがあることを知っていたのかもしれない。それにしても、ブーが二度と遊べなくなってしまった日に出てくるなんて・・・。もっともっとたくさん遊んであげればよかった。啓太君はブーの手にネズミのオモチャを2個持たせてあげた。
 午後6時、ペットの葬祭場へ行き、何故か「アメージンググレイス」の曲にのせられて、ブーと最後のお別れをした。何故か、アロマオイルも用意されていたけど、どう使っていいのかよくわからなかった。悪気はないと思うんだけど、担当の男性が5分もしないうちに何度も「もうよろしいですか?」ときくので、心の中で「よろしくなーい!」と叫んでぎりぎりまでブーの体を啓太君となで続けた。バラの花びらで飾られたブーはただ眠っているだけで、今にも起きだしそうなほど安らかな表情だった。今回は、セレモニーや記念品をカットして、火葬のみのサービスで2万円ちょっとだった。普通は、オプションで遺毛をペンダントにしたり、足形をとったりするそうだ。ここの火葬は、ハムスターや昆虫、ペットならなんでもいいらしい。ブーが持っていたネズミのオモチャは頼んでいなかったにもかかわらず、一緒に火葬してくれた。田舎だったら、穴を掘って埋めて終わりだけど、こういう都会の施設は初めてでちょっと不思議な気分だった。
 家に帰ると、玄関でホシが出迎えてくれた。ブーがいなくなっただけで、家の中はひっそりと寂しくなった。
                                                                〜「ブーたん闘病日記」おわり〜
6月23日(月)くもり時々雨

 今日もブーはいつもと同じくぐったり。様子を見る度、風呂場、トイレ、台所、玄関と少しずつ移動していた。そして、玄関のドアのところでおもらししてしまった。ここまでトイレと関係ないところで思いっきりのおもらしは初めて。幸い、床におしっこが広がって靴の裏が少し湿っただけだったのでセーフ。
 夕食後、呼吸がスースー小さく音を立てるようになったので酸素テントに入れると、またもや嫌がっていつもより大きな声で「ニャオーン」と鳴いた。それは、病院に行くときキャリーバックに入れられて鳴く声にそっくりだったので、本当に嫌なんだと急いでドアをあけてあげた。ブーは自力で酸素テントから出て、窓際においてあるカゴの中に入って、障子の穴から夜の庭を眺めていた。元気な頃はそこで毎日お昼寝をしていたけど、病気になってからは一度も入ってるところを見てなかったから、ちょっと嬉しくなった。夜だったけど、外に出て窓の外から啓太君と交互に「ブー」と声をかけて遊んだ。もちろんブーは外の人影に気が付いて、「あんたたち何やってんの?」と言いたげな感じでチロッと見ていた。
 このところブーは、酸素テントから出た後はトイレや風呂場に隠れていたけど、今夜は珍しくよろよろしながらも以前と同じようにカゴに入ったり、カゴから出てソファの近くでゴロっと横になっていたりした。なんか1ヶ月前に戻ったみたいな感じだった。ホシはブーの側にずっといた。一度ブーに寄りかかって寝転がったので啓太君にしかられていた。それでもホシは、やさしくブーの前足をずっとなめてあげたり、ブーがすり寄ってもじっとしていた。いつもは失敗とドジだらけのホシもいいとこあるなぁとほんの少しだけ見直した。・・・と思ったら、ブーの前足が濡れてガビガビになってる!ホシが同じところばっかりなめ続けたからだ〜。とほほほほ。
 今夜はブーを一匹で1階に寝かしておくのは、なんかかわいそうだと思って、カゴに入れたまま2階に運んだ。(これなら楽チン・・・何故もっと早くこの方法にしなかったんだろう。)2日ぶりの2階。ブーは窓辺へも行きたがらず、おとなしくライティングデスクの下に寝転がっていた。狭い6畳の部屋に猫3匹と人間2匹。なんか密集していて暑苦しかったけど、猫も人間もそれぞれテレビを見たり、趣味に没頭したり、寝転んだり、遊びまわったり各自好き勝手に過ごした晩だった。


6月22日(日)晴れのちくもりのち雨

 今日はブーの秘密を一つ知ってしまった。早朝、ブーの様子を見に行くと、いつもの場所にブーはいなかった。ブーは、水入れの縁にアゴを乗せたまま倒れていた。そして、たまに舌でピチャピチャ音をたてて水を飲んでいる。2、3口水を飲むとしばらく休んでまた飲む。誰も見てないときに、こうやってちゃんと水を飲んでいたから毎日おしっこが出てたんだ。やっと謎がとけた。普段水をあげようとすると嫌がるのは、本当に喉がかわいてなかったからだ。納得。
 ブーの呼吸はさらに弱々しく、よく見ないとお腹が動いてるかどうかもわからないぐらい。酸素テントに入れてあげたら、いつものように嫌がって、目が合うたび「ナー」(出してくれー)と小声で鳴いた。酸素がもれないように、今日はケージを覆ったビニールに目張りをした。1時間ぐらいして、ブーが出ようと柵をガリガリ噛むのでだしてあげた。ビニールを取る時、中から酸素がヒューと出てきた。ブーは酸素テントに入れる前より呼吸が速くなってる。目張りをしすぎて気圧が高かったらしい。あんまりきっちりもよくないんだ・・・。日々勉強。

2003.6.15〜6.21
2003.6.8〜6.14
2003.6.1〜6.7
2003.5.25〜5.31
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